取引基本契約で見落とされがちな3つの条項
取引基本契約書は、一度交わすと数年間すべての取引に効きます。にもかかわらず、締結時にはほとんど読まれないまま押印されていることが少なくありません。
「基本契約は先方のひな形でいいですか」——この一言で決まってしまう金額は、決して小さくありません。
私は弁護士になる前、金属・金属部品商社の人事総務担当役員として、取引基本契約の改訂を担当していました。そのとき痛感したのは、契約書の一行が、現場では何百万円、何千万円の差になるということです。しかも差が出るのは、多くの場合、法務担当者が真っ先に見る損害賠償の上限額ではありません。
ここでは、製造業の取引でとくに差が出る3つの条項を挙げます。いずれも、締結前であれば数分で確認できるものです。
① 個別契約は、いつ成立するのか
製造業の取引は、基本契約+個別契約(注文書・注文請書)の二層構造で動きます。この「個別契約がいつ成立するか」の定めが曖昧なまま運用されている例が、非常に多くあります。
ありがちなのは、次のような条項です。
「乙は、甲の発注に対し、速やかに注文請書を返送するものとする。」
ここで問題になるのは、請書を返送しなかった場合はどうなるのかです。「一定期間内に異議がなければ承諾したものとみなす」という、いわゆるみなし承諾の定めがあるかどうかで、結論が大きく変わります。
みなし承諾があれば、受注側は請書を返しそこねただけで契約に拘束されます。逆に定めがなければ、発注側は「請書が来ていない」と主張される余地を抱えたまま量産の準備を進めることになります。
実務では、注文書の送付と同時に材料を手配し、請書は後追いで処理していることがよくあります。運用が契約書と食い違っていないか——この照合が最初の確認点です。
② 危険負担は、いつ移るのか
輸送中に製品が壊れた。倉庫で保管中に水濡れした。このとき損をするのはどちらか。これを決めるのが危険負担の条項です。
ここは「出荷時」か「検収時」かで、負担が大きく動きます。
- 出荷時に移転——受注側に有利。輸送中の事故は発注側の負担
- 検収時に移転——発注側に有利。検収までのリスクは受注側が負う
あわせて確認したいのが検収期間の長さです。「相当期間内に検収を行う」といった定めでは、いつまでも検収が終わらず、危険負担も代金の確定も宙に浮きます。日数を数字で入れるべき箇所です。
契約不適合(旧・瑕疵担保)の責任期間も、ここと連動して設計します。買主は履行の追完請求(民法第562条)、代金減額請求(同法第563条)、損害賠償請求および契約の解除(同法第564条、第415条、第541条等)を求めることができます。「検収に合格したら以後一切の責任を負わない」という定めが有効に働く範囲は、限定的に考えるべきです。
③ 価格は「協議」できるのか
3つめが、私がもっとも重要だと考えている条項です。基本契約の価格に関する定めが、次のようになっていないでしょうか。
「乙は、継続的なコストの低減に努めるものとする。」
これは一方通行の条項です。原材料費やエネルギー価格が上がったとき、値上げの協議を申し入れる根拠がどこにもありません。
ここを次のように改めておくと、状況が変わります。
「甲および乙は、原材料費、労務費、エネルギー価格その他のコストの低減または増加が生じた場合、価格の改定について誠実に協議するものとする。」
締結時には些末に見える一語です。しかし数年後、実際に値上げを申し入れる局面で、この一語があるかないかが交渉のテーブルそのものを決めます。私自身、改訂の数か月後に値上げ協議の場面が訪れ、この条項を根拠にした経験があります。
なお、取引の力関係によっては、下請代金支払遅延等防止法(下請法)や、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)第2条第9項第5号の優越的地位の濫用との関係も検討が必要になります。※下請法は近年改正の動きがあり、適用範囲・規制内容は要確認です。
締結前に、5分でできる確認
先方のひな形を受け取ったら、まず次の3点だけ探してみてください。
- 「みなし」という語——個別契約の成立に関する定めがあるか
- 「危険」「検収」という語——移転時期が出荷か検収か、検収期間に日数が入っているか
- 「低減」という語——増加の場合にも協議できる書き方になっているか
この3つで、後年のトラブルの相当部分は見通せます。もっとも「自社に甘く、相手に厳しい」条項を並べれば通るわけではありません。相手が大手であれば、教科書どおりの条項はまず通りません。どこを取り、どこを譲るか。交渉の順序を設計することが、実際の仕事の中身です。
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